
この記事でわかること
建設業のM&A件数は2020年の9件から2024年の34件へ、5年で約4倍に急増しました。後継者不在率は57.3%と全業種の中で依然ワースト水準です。倒産件数も2025年には2,021件まで増えており、廃業を待つよりM&Aを選ぶ経営者が増えています。本記事ではマクロ動向、インフロニアHD×三井住友建設の大型事例、中小の事業承継型M&A、許可承継制度のポイントまで整理します。
主要データ
- 建設業M&A件数(上場企業ベース):2020年9件 → 2024年34件、5年で約3.8倍(レコフデータ)
- 建設業の後継者不在率:2025年57.3%(全業種50.1%)、全業種ワースト水準(帝国データバンク)
- 2018年は71.4%だったところから7年で14ポイント改善、ただし依然高水準
- 建設業倒産:2025年2,021件、2021年比でほぼ2倍(帝国データバンク)
- 大型事例:インフロニアHD×三井住友建設(2025年、941億円、統合後売上1.3兆円)
「事業承継ができないなら廃業するしかない」という時代は終わりました。建設業のM&Aは、上場企業の大型再編から地方の従業員10名未満の専門工事業者まで、全レイヤーで活性化しています。本記事では公的データと代表事例を軸に、売り手・買い手それぞれの視点で何を準備すべきかを整理します。
関連ダッシュボード:建設業M&A・事業承継データ、関連記事:建設業倒産の構造分析。
建設業M&Aの実態 — 5年で4倍になった背景
レコフデータ(MARR Online)の集計によると、上場企業を当事者とする建設業のM&A件数は次のように推移しています。
- 2020年:9件
- 2021年:17件
- 2022年:19件
- 2023年:33件
- 2024年:34件
5年で約3.8倍。この数字は上場企業ベースの集計なので、中小企業同士の事業承継型M&Aを含めれば、実際の成約件数はこの数倍に達すると見られます。
件数急増の背景には3つの構造要因があります。
第一に、人手不足の構造的深刻化です。建設技能者の高齢化は解消の見込みが立たず、新規入職者の数も追いついていません。自社単独では人員確保ができないため、人材ごと買収する戦略が現実的な選択肢になっています。
第二に、資材価格と労務費の高騰です。建設工事費デフレーターは2015年比で+33.6%上昇し、利益率の低い中小は資金繰りが厳しくなっています。倒産件数は2025年に2,021件まで増え、2021年の1,066件からほぼ倍増しました。倒産する前にM&Aで売却を選ぶ経営者が増えるのは自然な流れです。
第三に、後継者不在の継続です。後継者不在率は2018年の71.4%から2025年の57.3%へと改善傾向にありますが、依然として全業種の中でワースト水準です。改善の主因は廃業・M&Aによる「不在のままの会社」自体が減ってきたことであり、根本問題が解決したわけではありません。
後継者不在率の長期推移 — 全業種ワーストの構造
帝国データバンクの後継者不在率動向調査(2025年)から、建設業の長期推移を確認します。
- 2018年:建設業71.4%、全業種66.4%
- 2020年:建設業69.1%、全業種65.1%
- 2022年:建設業64.5%、全業種57.2%
- 2024年:建設業59.3%、全業種52.1%
- 2025年:建設業57.3%、全業種50.1%
建設業の不在率は7年で14ポイント低下しました。一見大幅な改善ですが、内訳を見ると注意が必要です。改善の背景には「親族外承継・M&Aによる解決」と「不在のまま廃業した結果の母数減少」の両方が混在します。前者は前向きな改善、後者は事業基盤の縮小です。
地域別・規模別に分解すると、都市部の中小工務店の不在率は地方より高い傾向があります。都市部の方が後継者の選択肢(学歴、職業、就業地域)が広く、家業を継ぐインセンティブが弱いためです。地方の方が「他に選択肢がない」ことで結果的に承継が成立しているケースもあります。
大型事例:インフロニアHD×三井住友建設
2025年に公表された建設業界最大級のM&Aが、インフロニアHDによる三井住友建設の買収です。買収価額は941億円、統合後売上高は約1.3兆円規模に達し、準大手筆頭のポジションを確立する案件となりました。
この案件には、業界再編の典型的な要素が3つ揃っています。
1. 領域補完
インフロニアHDは前田建設工業を中核とする土木系の持株会社であり、三井住友建設は建築・橋梁分野に強みを持ちます。土木と建築を補完する形で統合することで、案件の幅を広げます。
2. 規模の経済
建設業の利益率は他産業に比べて低く、固定費の比率が高い構造です。統合により管理部門の重複を解消し、調達量を増やすことで、資材調達コストの引き下げ余地が生まれます。
3. 人材集約
2024年問題で時間外労働の上限規制が建設業にも適用された結果、技術者の確保競争が激化しています。統合により技術者・技能者を一つの会社に集約することで、案件への配置の柔軟性が高まります。
大型再編は今後も継続する見通しです。準大手・中堅クラスでは「単独で生き残るより統合した方が合理的」という判断が定着しつつあります。
中小のM&A — 事業承継型の現実
中小建設業のM&Aは、上場企業の再編とは性質が異なります。多くは「事業承継型M&A」と呼ばれ、後継者不在の経営者が会社を譲渡することで雇用と取引関係を残す形です。
売却側の動機と準備
売却を検討する経営者の動機は、主に次のいずれかです。
- 後継者がいない、または親族が継ぐ意思がない
- 経営者自身の高齢・健康問題
- 業界の構造変化に単独では対応できない
- 個人保証から解放されたい
売却を決めたら、3つの準備が必要です。第一に、許可・財務・労務の整理。建設業許可の更新状況、未払い残業代の有無、税務申告の整合性は買い手のデューデリジェンスで必ず見られます。第二に、属人化された業務の文書化。社長の頭の中にしかない取引関係や見積もりノウハウは、買い手にとって最大のリスクです。第三に、従業員への説明タイミングの設計。早すぎる開示は離職を招き、遅すぎる開示は信頼を損ねます。
買収側の視点
買収側にとって建設業M&Aは、人材・許可・地域基盤を一括で取得できる手段です。特に次の3点が買収の決め手になります。
- 建設業許可の業種(土木一式、建築一式、専門工事の許可業種)
- 有資格者(一級建築士、一級施工管理技士、監理技術者)の数
- 地場の元請・下請ネットワーク
これらを単独で構築するには5〜10年の時間がかかります。M&Aで一括取得できるメリットは大きく、買収後の価値創造が見えやすい領域です。
許可承継制度 — M&Aを後押しする2020年改正
2020年10月の建設業法改正により、建設業許可の承継制度が整備されました。それ以前は、M&Aや事業譲渡で許可を引き継ぐ場合、許可番号が新規取得扱いとなり、空白期間が発生する問題がありました。
改正後は、事前認可制度のもとで合併・分割・事業譲渡・相続による許可の承継が認められ、空白期間なしで事業を引き継げるようになっています。これによりM&Aのハードルが大きく下がりました。具体的な手続きは事前申請が必要で、認可の条件・必要書類も厳格に定められています。実務に踏み込む際は最新の運用要領と行政書士・専門家への確認が必須です。
本記事では制度の存在と趣旨の紹介にとどめます。詳細な要件・手続きは法令改正で変わり得るため、必ず最新の公式情報を参照してください。
失敗事例:後継者不在で廃業した地方の内装業者
新潟県のある内装工事会社は、創業40年・従業員18名・年商4.2億円の中堅でした。社長は68歳。健康問題を抱えており、3年以内の引退を考えていましたが、息子は東京でIT企業に勤めており、後継の意思はありませんでした。
社長は「息子が継がないなら廃業しかない」と思い込み、M&Aの選択肢を検討しないまま2年を過ごしました。営業も新規開拓を止め、既存の元請からの受注に絞って事業を縮小していきました。結果、売上は3年で4.2億円から2.8億円まで縮小。利益率も低下し、技能者2名が離職しました。
この時点でようやく仲介業者に相談しましたが、提示された企業価値は当初想定の半値以下。買い手候補からは「事業基盤が縮小している」「主要取引先が固定化されている」「若手が抜けて技術承継の見込みが弱い」との指摘が並びました。最終的に売却条件が折り合わず、社長は2024年に廃業を選択。従業員の半数は同業他社に再就職できましたが、残りは業界を離れました。
この失敗の本質は、M&Aを「最後の手段」と捉えたタイミングの遅さにあります。事業承継型M&Aで高い評価を得るには、業績が伸びている時期に売り手として準備を始める必要があります。「もう続けられない」と判断してから動き出しても、企業価値はすでに毀損しています。
後継者不在の建設業経営者が今やるべきことは、廃業の覚悟を固めることではありません。自社の企業価値が最大化されているうちに、第三者承継・M&A・親族外承継のすべての選択肢をテーブルに載せて検討することです。判断を先送りするほど選択肢は狭くなります。
これからの建設業M&A — 2026年以降の論点
2026年以降のM&A動向で注目すべき論点は3つあります。
1. 中小M&Aプラットフォームの普及
中小企業庁が認定するM&A支援機関の登録制度が定着し、地方銀行・信用金庫・事業引継ぎ支援センターが本格的にM&A仲介に参画しています。中小建設業の経営者が相談できる窓口は確実に増えており、情報の非対称性が縮小しつつあります。
2. 大手の専門工事業者買収
大手ゼネコンが専門工事業者を子会社化する動きが加速しています。鉄筋工事、型枠工事、設備工事といった専門領域で、人材確保と工事品質管理を内製化する戦略です。下請の専門工事業者にとっては、独立を維持するか、大手の傘下に入るかの選択を迫られる場面が増えます。
3. PEファンドの参入
建設業はこれまで PE(プライベートエクイティ)ファンドの関心が低い領域でしたが、人手不足とDXの組み合わせで成長余地があると判断するファンドが出始めています。地方の有望な専門工事業者を複数買収し、共通インフラ(CCUS、クラウド管理、共同調達)で効率化する「ロールアップ戦略」が現実味を帯びてきました。
まとめ — M&Aは「最後の手段」ではなく「第一の選択肢」へ
建設業M&Aの件数は5年で約4倍に拡大しました。後継者不在率は依然57.3%と高水準ですが、廃業を待つしかなかった時代から、M&Aで雇用と取引関係を残せる時代へと変わりつつあります。
経営者が今やるべきことは2つです。第一に、自社の企業価値を客観的に把握すること。地方銀行・事業引継ぎ支援センター・M&A仲介業者のいずれかに、健康なうちに相談を始めること。第二に、許可・財務・労務・属人化業務を整理しておくこと。買い手のデューデリジェンスに耐える状態を作ることが、企業価値の最大化につながります。
2025年に941億円規模で動いたインフロニアHD×三井住友建設の事例は、業界全体の象徴です。大手も中堅も中小も、単独経営の限界を意識し始めています。M&Aを「失敗の証」ではなく「事業を残すための前向きな選択肢」として位置づけ直すことが、これからの建設業経営の前提条件になります。
関連リンク:建設業M&A・事業承継データでは後継者不在率とM&A件数の最新推移を確認できます。建設業倒産の構造分析もあわせてご覧ください。
本記事のデータは執筆時点の公開情報に基づきます。M&A・許可承継・税制の手続きや要件は法令改正により変更されます。具体的な判断は必ず最新の公式情報と専門家(弁護士・税理士・M&A仲介業者・行政書士)の助言に基づいて行ってください。


